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外務専門職をめざして

国際法・憲法判例、要旨まとめ、経済学等試験勉強のため。国際関係学、ロシア等に関する個人的意見。助言、訂正お願いします。

マルキシズムで見るウクライナ騒乱:アラブの春とは異なるアメリカの影響力

ウクライナでは2013年11月に親露派のヤヌコヴィチ政権がEUとの自由貿易協定調印を見送り、その結果として親欧派、民族主義者、野党勢力による反政府運動が始まりました。

2014年2月18日には首都キエフで反政府派と警察の大規模な武力衝突が勃発し、多数の死者をだすウクライナ騒乱へと拡大し、22日の政変により親欧派のトゥルチノフ政権が新しく誕生し収束に向かうかに見えました。

しかし、27日のクリミア最高評議会及び首相府のロシア派勢力による武力占拠により、クリミアにロシア派アクショノフ政権が誕生すると、ロシア対欧米諸国という新たな対立形態が浮き彫りになり、クリミア独立宣言とロシア編入へと繋がっていきました。

 

結果、ロシアに対する国際社会の批判の風潮は強まり、特にアメリカ、EUは制裁の検討を始めました。

3月24日ロシアを除くG8の参加国はオランダのハーグで緊急会議を行い、ロシアのソチで行われるG8のボイコットに関する足並みをそろえ、次いでこの会議と合わせて26日の米EU首脳会談でロシア制裁に対するより強固な連携を図ることを合意しました。

しかし、制裁検討当時、欧米諸国がロシアへの制裁に挑む中、アメリカとEU諸国との間に温度差が見られました。そういった意味で、この米EU首脳会談での合意は大きな転機であったとみることができます。

 

ここで、ロシアとアメリカ、EU諸国の関係性をそこに潜んだ2つのヘゲモニーに焦点を合わせながら議論してみます。

 

国際関係論におけるマルキシズム

国際関係論といえばリベラリズム、リアリズム、コンストラクティビズムといった考えが主流です。しかし、留学に来て気づいたことは政治学(ロシアではПолитология)といった概念が比較的最近になって入ってきたロシアでは、このリベラリズム、リアリズムの概念から抜け出して、経済的・物質的側面を考慮し、国際社会を階層的な観点から見るマルキシズムの概念も同様に国際関係において大きな位置を占めているようです。

 

マルキシスト視点から大まかに3つの観点があります。

 

1.世界システム論

世界システム論はマルキシズムにおける階層的な観点をより拡大解釈したものだといえます。というのは、自由人と奴隷、地主と農奴というブルジョワジーとプロレタリアートといった階層をヘゲモニー国家と従属国という概念に置き換えたからです。

世界システム論者で有名なイマニュエル・ウォーラステイン

「国際社会には二つ以上の世界システムが同時に存在することがあり、歴史的に、オランダ、イギリス、そしてアメリカなどが順に主要な世界システムにおいてヘゲモニー国家を演じてきた。」

と考えています。

 

2.フランクフルト学派と批判理論

批判理論は現実のものを批判的に作り替えていこうという考えに基づき、自由貿易経済に対する批判論を展開します。この考え方はカール・マルクスの理論を利用して生み出された政治運動、労働運動、社会主義的運動を批判し、資本主義批判においてマルクスの理論の価値を見出すことから生まれたもので、資本主義は発展途上国を犠牲にして拡大すると考えた従属理論と相まって、世界システム論の基盤となっているといえます。

 

3.グラムシ主義

アントニオ・グラムシによって始まったこの理論は、国家を国際関係上の主体ととらえたリアリズム・リベラリズム、また逆に主体と客体の分離をなくし、国際社会を構造的な観点から全体的視座で見ようとしたコンストラクティビズムの双方を弁証法的に発展させたといえる。

Cox (Production, Power, and World Order: Social Forces in the Making of History, 1987)

グラムシ主義においても、国際社会においては階級によって確立されるヘゲモニーが存在し、そのヘゲモニーが形成する歴史ブロックがあるとしました。また現在、新自由主義的な超国家的歴史ブロックがあると考えています。この点において、世界システム論に関連してきます。

 

以下、この歴史ブロックを世界システムとします。

 

アラブの春

チュニジアから始まった2010年ー2013年にかけて、そして現在もシリアで続いているアラブ世界の民主化革命においても、マルキシズムの世界システム的な考え方を当てはめてみます。

 

  • アラブ世界システムのヘゲモニーである独裁政権側を打倒しようとする民主化勢力(小さな世界システム内の動き)
  • アラブ世界システムを民主化勢力を支持することで包含しようとするアメリカを筆頭とした自由資本主義勢力圏の世界システムとアラブ独裁政権側の世界に一定の支持をおきアラブでの権益を確保しようとするロシアの対抗ヘゲモニーによる世界システム(大きな世界システムの動き)

後者において、実際にロシアや中国はアラブ諸国に対する安全保障上の決議をしようとする安保理に対し、何度か拒否権を発動し対抗しています。

 

Russia and China have concrete concerns – naval bases, energy resources. … They believe that Great Britain, France, and the United States used an ambiguous U.N. resolution to use military force to overthrow the regimes and reinforce thereby their geopolitical interests.

 (訳)ロシアと中国は、海軍基地そして天然資源に対し具体的な懸念をしている。… ロシア、中国はイギリス、フランス、そしてアメリカがアラブ諸国の体制を転覆させ、それによって地政学的利益を強化するための軍事介入をするために曖昧な安保理決議をしたと信じている。

They perceive the United States as an erstwhile hegemonic power that is not yet ready to acknowledge its decline, which unwillingness they see as the greatest danger in the region. They use their veto in the Security Council to prevent a potential collapse of order in the whole region. 

(訳)ロシア、中国はアメリカをまだ衰退したと受け止めるには至らないかつてのヘゲモニーとして見ていて、アラブ地域における最大の危険とみなしている。そして安保理において拒否権を発動し、その地域全体の規律が崩壊する可能性をなくそうとしているのだ。

The Geopolitics of Arab Turmoil (IMMANUEL WALLERSTEIN , sep,2012, )

 

 アラブの春では、アラブの世界システムをめぐってアメリカを筆頭とする欧米諸国の世界システムとロシア側の世界システムが対立していました。

 

 ウクライナ騒乱

ウクライナを巡ってもロシアとアメリカ・EU諸国の対立が浮かび上がりました。

 

また、ロシアの議会ドゥーマの助言者とも言われるロシアの政治学者アレクサンドル・ドゥギンはアラブでの対立と同じ構造を今回のウクライナ情勢にも見ているようです。

На Украине проявилась одна закономерность: США несет с собой хаос, Россия - порядок. Везде, куда вмешиваются США - Афганистан, Ирак, Ливия, Сирия, Украина, - остаются развалины государств, свихнувшиеся толпы, разделенные на вражующие группировки общества.

(訳)ウクライナ問題では一つの法則性が示された。:アメリカは混沌をもたらし、ロシア秩序をもたらす。アメリカが介入すると必ず、アフガニスタン、イラク、リビア、シリアそしてウクライナでも人々は狂わされ、社会は分断され、国家は瓦解する。

Александр Дугин: Ненависть к русским и Путину на Украине – это ненависть группы восставших шизофреников к доктору » Политикус - Politikus.ru

 

しかし、ロシアに対する制裁初期の時点において、アメリカと欧州には温度差がありました。

経済的な側面では、天然資源の多くをロシアにEUが依存している、またロシアはEUにとって第3の貿易相手国でありアメリカよりも制裁後に被る不利益が大きいからです。

 

ここで注目したいのはアメリカの自由主義圏の世界システムにおけるヘゲモニーが弱くなっているとするウォーラステインの観点です。

Donald Rumsfeld famously talked of France and Germany as the "old Europe" in contrast to what he saw as the "new Europe" ... The new Europe was for Rumsfeld Great Britain especially and east-central Europe, the countries formerly part of the Soviet bloc. ... One is the U.S. turn towards a Pacific-centrism replacing its long history of Atlantic-centrism.

(訳)ドナルド・ラムズフェルドが彼が考えている”新しいヨーロッパ”とは対照的にフランスとドイツを”古いヨーロッパ”と呼んだのは有名です。… 新しいヨーロッパとはラムズフェルドによると特にイギリス、そしてソ連諸国の一部だった国々です。… 一つはアメリカが大西洋中心主義の長い歴史に代わって、太平洋中心主義へ転換することです。

 

ここでは2003年1月にアメリカのラムズフェルド国防長官が自由主義圏の世界システムの中心的であるフランス、ドイツを古いヨーロッパと呼び、アメリカの政治的関心はむしろ東欧諸国にあると示唆したことで、フランス、ドイツのアメリカへの懐疑を生んだことです。その後、ドイツ・フランスはロシアを除く東欧諸国とアメリカへの対抗に備えてロシアとの関係を強化してきました。

... Germany's only way of dimminishing this threat to its own prosperity and power is an alliance with Russia. And her policy towards Ukraine shows precisely the priority she gives to resolving European issues by including rather than excluding Russia.

(訳)… ドイツにとって、自国の繁栄と強化のためにこの脅威を減らす唯一の方法はロシアとの同盟です。そしてドイツのウクライナに対する政策はまさしく、ドイツがロシアを除外することによってではなくむしろ含めることによってヨーロッパの問題を解決することに優先順位をおいてきたことを示しています。

 

Gaullism has been since 1945 the basic geopolitical stance of France. ... Gaullism is not "leftism" but rather the sense that it is the United States that threatens a continuing geopolitical role for France, and France has to defend its interests by an opening to Russia in order to counterbalance the power of the United States. 

(訳)ド・ゴール主義は1945年以来フランスの基本的な地政学的スタンスであり続けてきました。… ド・ゴール主義は左翼主義というよりはむしろ、フランスの持続的な地政学的役割を脅かすのはアメリカであり、フランスはアメリカとの勢力の拮抗を図るためロシアに開けることによって利益を守らなければならないという意味なのです。

 

こうしたアメリカのヘゲモニーによる世界システムに含まれるドイツ・フランスのロシアのヘゲモニーよりの立場はイラク戦争の時点で形成されていました。2003年3月17日のブッシュ大統領のイラクへの先制攻撃に対しフランス、ドイツはロシアに合わせて強く反対しました。

The nightmare of a Paris-Berlin-Moscow axis has receded a little bit since its acme in 2003, when U.S. efforts to have the U.N. Security Council endorse the U.S. incasion of Iraq in 2003 were defeated by France and Germay.

(訳)パリ・ベルリン・モスクワ連合の悪夢は2003年にイラクへのアメリカの侵略の安保理支持をフランス・ドイツによってはねのけられた全盛期以来少し引いてきていました。

 

ウクライナは「新しいヨーロッパ」としてアメリカが2003年に強調した東欧諸国です。ドイツ、フランスがロシアよりの意思をみせるか、アメリカに足並みを合わせるかは制裁の程度で決まると注視していました。

今回の米EU合意により古いヨーロッパの構図はより弱まっていくように感じます。

 

逆にロシア編入を決めたクリミアのように、モルドバのような旧ソ連諸国(新しいヨーロッパ)の地域のどの程度がロシア的世界システムにまた戻っていくのか注目していきます。