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外務専門職をめざして

国際法・憲法判例、要旨まとめ、経済学等試験勉強のため。国際関係学、ロシア等に関する個人的意見。助言、訂正お願いします。

日本の捕鯨と国際司法裁判所判決

2014年3月31日に南極海における捕鯨事件をめぐる日本とオーストラリアの紛争に対し、国際司法裁判所の判決がくだり、ほとんど日本の全面敗訴という形で終結しました。

 

2010年5月31日 オーストラリアが南極海の日本の調査捕鯨に関し、国際司法裁判所に提訴

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2013年6月 裁判所で口頭弁論が開始

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2014年3月31日 国際司法裁判所による日本の敗訴判決

調査捕鯨ではなく商業捕鯨であるとみなされ、国際捕鯨取締条約及び南極条約違反であるとし、日本の南極海における調査捕鯨の取りやめるよう宣告される。

 

これに対して同日、日本は

日本は国際法秩序および法の支配を重視する国家として判決に従う。

との官房長官談話を発表し、

4月2日には安倍首相が

非常に残念で深く失望している。しかしながら日本としては判決には従う。

と述べ、国際司法裁判所の法的拘束力に則り、判決を遵守する姿勢を示しました。

 

ここで、今回の捕鯨問題をめぐる国際法上の流れや経緯について、日本の捕鯨に関する抗議を行う環境保護団体を少しまじえ、議論していきたいと思います。

 

1959年南極条約

南緯60度以南の地域において

  • 領土権の凍結
  • 平和利用
  • 科学調査の自由と協力

の三大原則を掲げる。

 1.領土権の凍結

南極条約4条において、条約締結時に主張されていた締結国領土以外の地域で新たな領有権の主張を禁止しました。つまり、既に主張されていたフランス、チリ、アルゼンチン、オーストラリア、イギリス、ニュージーランド、ノルウェーなどの領有権は凍結されたものとして、放棄されたものとはみなされていません。

2.平和利用

南極条約1条では、一切の軍事利用が禁止されました。

3.科学調査

南極条約2条、3条において、南極地域の開発、科学調査は各国の国際協力のもと推進されていくものとされた。

 

今回の、日本とオーストラリアの捕鯨に関する紛争においても、この南極条約で言う領土権と科学調査が主眼となっているといえます。

 

1980年南極の海洋生物資源の保存に関する条約

南緯60度と南極収束線の間にある魚類、軟体動物、オキアミ等の資源量を配慮し、捕獲量、捕獲区域、捕獲方法などが制限される。

 

国際捕鯨取締条約 International Convention for the Regulation of Whaling

この条約の流れは、1931年ジュネーブではじめて署名されたのち、1937年に国際捕鯨取締協定がロンドンで結ばれ、最終的に現在の1946年ワシントン締結の国際捕鯨取締条約が効力を発しています。

日本は最後の1946年条約にのみ1951年4月21日より加入を表明しています。

 

オーストラリアは今回の事件において、

日本の調査捕鯨はこの国際捕鯨取締条約第8条で認められる科学的調査目的の特別捕獲に当たらず、商業捕鯨とみなされるため非合法である」としています。

つまり、日本の捕鯨がこの国際捕鯨取締条約第8条に規定された科学的調査目的の捕鯨に当たるかどうかが論争の中心です。

この第8条は1959年の南極条約の科学調査の自由、国際協力にも合致するものです。

 

国際捕鯨取締条約第8条

1.この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。また、この条の規定による鯨の捕獲、殺害及び処理は、この条約の適用から除外する。各締約政府は、その与えたすべての前記の認可を直ちに委員会に報告しなければならない。各締約政府は、その与えた前記の特別許可書をいつでも取り消すことができる。

2.前記の特別許可書に基いて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。

3.各締約政府は、この条の第l項及び第4条に従って行われた研究調査の結果を含めて鯨及び捕鯨について同政府が入手しうる科学的資料を、委員会が指定する団体に、実行可能な限り、且つ、l年をこえない期間ごとに送付しなければならない。

4.母船及び鯨体処理場の作業に関連する生物学的資料の継続的な収集及び分析が捕鯨業の健全で建設的な運営に不可欠であることを認め、締約政府は、この資料を得るために実行可能なすべての措置を執るものとする。

 

日本は、一時反発の意向を示したものの、1982年に国際捕鯨委員会(IWC)で採択された商業捕鯨モラトリアムに基づき1986年に商業捕鯨を取りやめ、1987年より本格的に調査捕鯨を始めます。

 

※商業モラトリアム・・・1982年より10年間商業捕鯨を停止するというもの。1994年には、条約5条1項 (c) にもとづき南極海をサンクチュアリ(捕獲対象外の保護区域)としている。

 

これに基づいて日本は南極海と北大西洋において特別許可書を発行し科学調査を名目に、捕鯨をはじめます。南極海のものはJARPA(Japan's Whale Research Program under Special Permit in the Antarctic)とし、北太平洋のものはJARPN(Japan's Whale Research Program under Special Permit in the Western North Pacific)としています。

 

今回の訴訟は前者に対するもので、特に1987-2005のJARPAⅠに代わって2006年より始まったJARPAⅡに対して行われたものでした。

 

南極海における捕鯨事件-国際司法裁判所判決・2014年3月31日

 

  • 日本の主張

第一に、今回の訴訟は国際司法裁判所規定36条2項選択条項に基づき、オーストラリアと日本が管轄受諾宣言をすでにしていたため、国際司法裁判所にすでに管轄権があるとして、両国の特別の合意なしに始まったものとされているが、日本はこの点に対してオーストラリアの管轄受諾宣言中の留保を主張の根拠の一つとしています。

オーストラリアは、領海や排他的経済水域が係争中である海域に関係している開発利用に関係する紛争を国際司法裁判所の強制管轄権の及ぶ範囲から除外している。

(オーストラリアの管轄受諾宣言における留保)

b.海洋水域(領海、排他的経済水域、及び大陸棚)の画定に関する(concerning)紛争、もしくは関連している(related to)紛争を除く。及び、海洋水域(領海、排他的経済水域、及び大陸棚)が係争中である海域もしくはこれに隣接する海域の開発利用から生じるか、開発利用に関するか、もしくは開発利用に関連している紛争の場合を除く。

 この場合の、領海や排他的経済水域が係争中である海域とは1959年の条約で領土権が凍結された南極におけるオーストラリアの領土で「マクドナルド諸島(東経72°36′04″)とオーストラリア大陸最西端のルーウィン岬を結ぶ線、および、マッコーリー島(東経158° 51′)とタスマニア島南端のサウス・イースト岬を結ぶ線の範囲内で南緯60度以北からオーストラリア大陸までを南極海の範囲」のことです。

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 日本はこの部分が係争地域にあたるとして、管轄権の存在を否定しました。

 

第二に、日本の捕鯨は科学調査に大きな貢献をもたらしているとするものです。

第三に、科学調査かどうかの判断は、恣意的な考えに則って行っていいものではなく、オーストラリアの独断で判断するのはおかしいというものです。

 

この2点に関しては、

自然科学雑誌『ネイチャー』の「Japan's whaling plan under scrutiny」において、致死的捕獲を必然的に伴う日本政府の科学研究プログラムから生じた査読論文は極めて少数にとどまっているばかりか、また国際捕鯨委員会の雑誌『Journal of Cetacean Research and Management』にも日本の研究内容に関する論文がないことなどが非難の対象とされていたり、国際学術的にも科学的有用性に乏しいとされている点で、なかなか厳しい主張だったのではないかと思います。

 

日本はこの批判に対して、科学調査のための捕鯨をシーシェパードのようなエコテロリスト団体に妨害され円滑な調査ができなかったと主張し、反論しています。紛争当事国であるオーストラリアがシーシェパードの寄港国となっているなどの点から、オーストラリアには科学調査について主張する権利はないとしています。

 

実際にシーシェパードの設立者ポール・ワトソンは国際刑事警察機構によって現在国際指名手配犯とされています。

また国際環境保護団体グリーンピースも数度にわたり日本の捕鯨船と接触事故をおこしています。

 

(判旨)

国際司法裁判所はこの国際捕鯨取締条約8条の「科学調査目的の捕鯨(whaling for purposes of scientific research)に関して、「科学調査"scientific research"」と「目的"for purposes of"」の二つに分けてその妥当性の審査基準をまず示した。

... even if a whaling programme involves scientific research, the killing, taking and treating of whales pursuant to such a programme does not fall within Article VIII unless these activities are “for purposes of” scientific research.

(約)たとえ捕鯨計画が科学調査と関わるものであるとしても、そのような計画に準じた鯨の殺傷、捕獲、扱いはこれらの活動が科学調査「目的のため」のものでない限り、8章の範囲の行動であるとはいえない。

 

1.科学調査

"Scientific research"

 The Court notes that the term “scientific research” is not defined by the Convention and that Australia ... maintains that scientific research has four essential characteristics:

  • defined and achievable objectives that aim to contribute to knowledge important to the conservation and management of stocks;
  • “appropriate methods”, including the use of lethal methods only where the objectives of the research cannot be achieved by any other means;
  • peer review; and
  • the avoidance of adverse effects on stock. 

 (訳)裁判所は「科学調査」という用語は国際捕鯨委員会によっても、またオーストラリアが4つの本質的な性質として定める

  • 個体数の保護と管理のために重要な知識に貢献しようとする明確で達成可能な目的
  • 研究目的が他の手段によって達成できない場合のみに用いられる殺傷手段の使用を含む「適切な方法」
  • 事後審査
  • 個体の管理における不都合な影響の回避
によっても定義されるものではないとする。

 

2.「目的」

"for purposes of"

The Court reiterates that in order to ascertain whether a programme’s use of lethal methods is for purposes of scientific research, ... Such elements may include:

  • decisions regarding the use of lethal methods;
  • the scale of the programme’s use of lethal sampling;
  • the methodology used to select sample sizes;
  • a comparison of the target sample sizes and the actual take;
  • the time frame associated with a programme;
  • the programme’s scientific output; 
  • the degree to which a programme co-ordinates its activities with related research projects. 

(訳)裁判所は致死的手段の計画的使用が科学調査の目的のためのものであるかどうかを確認するために以下の要素に基づくことを確認する:

  • 致死的手段の使用に関わる決定
  • 致死サンプルの計画的使用の規模
  • サンプル量の選択に用いられた方法
  • 標的サンプル量と実際の採取量の比較
  • 計画と関連する時間設定枠
  • 計画の科学的成果、収穫
  • その計画が関連する調査計画と活動を調整する度合い

 

 これに関し国際司法裁判所は「目的」のうちの要素の最初の2点と照らし合わせ日本のJARPAⅡの妥当性を判断しました。

 

1.致死的手段の使用に関わる決定

(a) Japan’s decisions regarding the use of lethal methods

 The Court finds no evidence of studies by Japan of the feasibility or practicability of non-lethal methods, either in setting the JARPA II sample sizes or in later years in which the programme has maintained the same sample size targets, or of any examination by Japan whether it would be feasible to combine a smaller lethal take and an increase in non-lethal sampling as a means to achieve JARPA II’s research objectives. 

(訳)裁判所は非致死的方法での調査の実行可能性に関する日本の研究、またJARPAⅡのサンプル量の設定、計画が同様のサンプル量を標的としたまま維持された近年の実行、またJARPAⅡの研究目的達成のための手段としてより少量の致死的採取におさえ、非致死的サンプルを増加させることが実行可能であるかどうかに関する日本のいかなる研究においても何ら根拠が見受けられなかったとした。

 

2.致死サンプルの計画的使用の規模

(b) The scale of the use of lethal methods in JARPA II 

… coupled with its statement that JARPA II can obtain meaningful scientific results based on a far more limited actual take, cast further doubt on the characterization of JARPA II as a programme for purposes of scientific research. This evidence suggests, in fact, that the target sample sizes are larger than are reasonable in relation to achieving JARPA II’s stated objectives

(訳)JARPAⅡがはるかに制限された採取量に基づいて意味のある科学的結果を得ることができるというその主張と相まって、JARPAⅡの性質が科学調査のための計画であるのかどうか疑いようがない。この根拠が実際に標的サンプル量がJARPAⅡの主張した目的の達成との関連上適当な量よりも多いことを示している。

 

 以上より「日本の調査捕鯨と称する捕鯨は国際捕鯨取締条約8条のもとの調査捕鯨とは言えない。」という判決が下されました。